「お願い、やめて。ここ、会社なんだから」


「防犯カメラはついてないですし、みんな、もう帰ってしまいましたよ」


そう言った彼の声音はしっとりとしていて、端正な表情は欲望で冴えた美しさに染まっていた。

彼の唇が近づき、私の唇に触れるか触れないかの位置で止まる。


「沙都子さんを抱きたい。ここで、今すぐ」


「や……やだ」


私は震える声で拒否するけれど、彼から逃げられない予感も感じていた。

この前だって、トイレでの愛撫は彼がタイムリミットだと思うまで続けられた。
今日は、誰もいない深夜のオフィスだ。タイムリミットは朝までこない。

彼の左手が私の顎を捉え、逃すまいと唇をふさがれる。
唇同士を重ね合わせ、なぶるように歯を立てられる。
滑り込んできた舌に反応し、反射的に舌を絡ませようとしてしまう自分が嫌だ。

しかし、葦原くんは私をキスからあっさり解放した。
てっきり濃厚ないつものキスが始まるものと思っていた私は、離れていった唇をつい見つめてしまう。


「物欲しそうなカオ」


「してない……」


「隠さなくていいんです。俺は、あなたを恥ずかしくて死にたくなるほどのいやらしい女にしたいんだから」